2013.9.15

心が疲れ果てる時、人を受け入れられなくなった時、怒りがコントロールできなくなった時、人を許せない時、涙が枯れた時に私自身が救われる必要を知ります。誰かを神様の前へ連れ出す前に自分自身が神様の前へ出る時かもしれません。神様の前に許せない自分自身そのままで、疲れ果てたそのままで、何も飾らず神様の前に出る事を許されているばかりでなく、神様はそれを喜んで待っておられるという事実に救われます。私が弱く、傷つき、倒れている傍で神様の圧倒的な愛と臨在を感じる時、私が救われている事実が私を圧倒するのです。